夫婦になるということ

 早いうちから「結婚」の話題は出ていた。

 初めてスタルークと共寝をした日、オルテンシアは彼の前で化粧を落とすことも、寝起きの顔を見られることも心底恥じた。
 いちばん好きで、いちばん愛されたい人の前で、オルテンシアにとっての醜態——実際はそのようなことはないのだが——を晒すのは避けたいことであり、しかしこのような関係になった以上避けがたいことでもあった。だからオルテンシアは起きたばかりのとき、「今のあたしのこと、あんまり見ないでちょうだい……」と小さな声で懇願したのだった。すると、次のスタルークの発言にオルテンシアは息を飲んだ。
「そうは言ってられませんよ。僕達はいずれ結婚するんですから。普段の自分を隠すのは難しいと思いますし、隠す必要もありませんから」
 ——結婚。突如現れたその言葉に、オルテンシアは目を丸くした。
「結婚!? スタルーク王子、あなた、もうそこまで考えてくれてるの……?」
「勿論です。僕は半端な気持ちで昨夜のようなことはしません。特に、僕達にはそれぞれ立場がありますから余計に……。ですから僕はオルテンシア王女に告白したときにはもうそのつもりで……あぁっ!?」
 誠実そのものの言葉を紡いでいたスタルークが、急に奇声を上げた。まだ目を見開いたままだったオルテンシアはぎょっとして声を掛ける。
「スタルーク王子!? どうしたの?」
「だ、だって僕みたいなミジンコみたいに矮小な存在が、オルテンシア王女に結婚なんて身勝手な願いを押し付けるなんて……! すみません! 本当にすみません!!」
 どうやらオルテンシアが驚いた反応のままであったから、彼女が結婚を歓迎していないと思ったようで、スタルークは流れるように土下座の体勢を取った。そのさまは、オルテンシアの記憶に鮮明に残っている。

 ちょうどその頃、神竜がパートナーを選び、指輪を渡したとの情報が軍中を駆け巡った。すぐにソラネルはその話題で持ちきりになった。
 神竜とそのパートナーは皆の前でその旨を報告し、最大限の祝福を受けた。

 最終戦後、スタルークとオルテンシアはそれぞれの祖国に帰ることになった。スタルークはブロディアで兄の補佐をし、オルテンシアは学園に戻って、卒業したらやはり姉の補佐をすることになっていた。
 帰る直前の頃のソラネルで、オルテンシアに会いに来たスタルークはある提案をした。
「オルテンシア王女。差し出がましくもお願いがあるんですが……」
「なあに? どうしたの?」
「はい。僕達の、今後のことです」
「……!」
 スタルークとオルテンシアの交際は、終戦に至るまで続いていた。しかし、今はお互いが別の国に戻らなければならないことは明白であった。以前「結婚」という言葉が二人の間に共有されたことをオルテンシアは覚えていたが、もしかしたらこのまま自然に別れて疎遠になるかもしれないとも覚悟していた。
 今後の話とは。これから結婚に向かうのか、別れの道を選ぶことになるのか、オルテンシアにはわからなかったので、思わず身を固くした。その様子を不安そうに見つめながら、スタルークは口を開いた。
「あの……これから僕達は互いの国に帰ります。きっと当分は満足に会えなくなるでしょう。……それに、僕は今すぐオルテンシア王女と婚姻を結ぶことは難しいと思っています」
 ああ、これは別れの枕詞なのだろうか。オルテンシアが身構えたそのときだった。
「僕は……やっぱりオルテンシア王女が好きです。あなたと離れたくありません。でも、今の僕はあまりに未熟です」
 スタルークの言葉はぽつぽつと零されていたが、じきに感情が溢れ出るような話し方に変わっていった。
「僕は兄上が即位した後は、王弟として施政にあたることになります。でも今はわからないところだらけで、最初は上手くいかないことも多いと思います。それでも、いつか僕が王弟として一人前に仕事ができるようになったら……あなたを迎えにいってもいいですか?」
「! ……スタルーク王子……」
 オルテンシアの視界は滲んだ。やはりこのひとは、自分のことを大切に考えてくれていた。オルテンシアの右の瞳からひとすじの涙がこぼれ出て、右頬に描いたハートのお化粧が少しだけ流れた。
「……! ひっ!? オルテンシア王女、すみません! な、泣くほど嫌でしたか……?」
 あからさまに慌てだしたスタルークの様子に呆れて、オルテンシアの涙は引っ込んだ。呆れを通り越して怒りすら湧いてきた。
「……スタルーク王子。この期に及んで何を言ってるの!?」
「ひいぃ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
 オルテンシアは苛立ちを隠せないまま続ける。
「あなたが後ろ向きなのは別にいいわ。それもあなたの一部だって思ってるし。……でもね、スタルーク王子。あたしの気持ち、信じてくれないの……?」
 スタルークは驚いて少しだけ表情を変えた。
「えっ……それって……?」
「あたしがあなたを好きだってこと! 今まで何度も伝えてきたでしょう? それなのに結婚を泣くほど嫌がってると思うだなんて、とんだ勘違いだわ。失礼よ!」
「あぁ……オルテンシア王女……! すみません、僕が間違っていました……! 僕はあなたの気持ちを疑っていた訳ではありませんでしたが……そう誤解させてしまったこと、申し訳ないです」
 しゅんとしたスタルークをこのままにする訳にもいかない。彼はしっかりと想いを伝えてきたのだから、その誠意にきちんと応えなければ。オルテンシアはスタルークの想いを真正面から受け止めることに決めた。
「……わかったわ。あたし、その時が来たら、ブロディアに嫁ぐ。当然反対はあると思うけど……あたしはこの結婚については、絶対に自分を曲げないから」
「オルテンシア王女……!」
 スタルークの方も少し涙ぐんでいる。ほんのり染まったまなじりがそれを鮮明にしていた。その様が可愛らしくて、オルテンシアはまた惑う。だが彼の提案は、ここまでではなかったのだ。
 
「……それなら、実はもう一つ、お願いがあるんです」
「えっ? 何よ……?」
「これで僕達は婚約したということで……結婚指輪ではないですが、薬指に付けられる指輪を一緒に作りませんか? その、今はあまり高価なものは用意できないかもしれませんが……」
「婚約指輪……? それ、素敵ね。それなら、イルシオンでも指折りの彫金師を紹介するわ。きっと予算内で、最大限に可愛い指輪を作ってくれるはずよ」
 女の子らしく装飾品、それも婚約指輪という特別な装飾品の話題に乗ってきたオルテンシアを見て、スタルークはほっとしたようだった。そうして彼らは正式に帰国する直前、婚約指輪を作ることになったのだった。オルテンシアが選びに選んだ職人の腕の良さか、期待を超えて綺麗な揃いの指輪を得ることができた。
「指輪ができて良かったわ。スタルーク王子は、これ、普段から着けるつもり?」
「もちろんです。オルテンシア王女も、ぜひ着けていてくださいね」
「ええ、そうするわ」
「よかったです。その……これは僕の醜い嫉妬の話なんですが……」
「?」
 オルテンシアはまだ何かあるのかと首をかしげる。
「オルテンシア王女はこれから学園に戻ります。学園には、きっとオルテンシア王女に好意を寄せる、僕よりもずっと素敵な人もいるはずです。僕みたいな何の役にも立たない落ちこぼれにはおこがましいですが、あなたを誰かに取られたくなくて……それで、この指輪を」
 それを聞いたオルテンシアは頬をゆるめた。
「なるほど、そういうことだったのね。なら、あたしもあなたを誰かに取られないように、指輪に願掛けしようかしら」
「ありがとうございます。では、薬指を……」
 スタルークはおずおずとオルテンシアの手に自らの手を添え、そっと薬指に指輪を通す。指の付け根に指輪が収まったとき、きらり、とその円環が光った。
「ありがとう。あたしからも着けさせて」
 オルテンシアからもスタルークの薬指に指輪を贈った。ソラネルの日だまりの中、その輪にまた光が反射する。日だまりと胸の奥の愛しさで、二人の胸は温かくなった。
 
 そうしてとうとう、帰国のときは訪れた。

 ブロディアとイルシオンに戻った二人は、すぐに周囲に指輪の存在を知られた。二人には特段隠すつもりはなかったから当然のことではあった。その上で贈られた相手が誰かがわかると、周りの貴族達はやはり苦言を呈してきた。
 不服な貴族達はオルテンシアを説得すべく、学園にまで押し掛けることもあった。それでもオルテンシアは誰に何を言われても、その圧力に決して屈しなかった。きっとスタルークも同じように周囲の反発に立ち向かっているのだと信じていたから。

 スタルークの言った通り、しばらくは彼に会うことはできなかった。次にスタルークと対面したのは、戦争が終わって半年ほど経ったときのイルシオンで、初めて行われた両国の和平のための会談の席であった。
 会談のため学園から戻ってきていたオルテンシアは、スタルークの薬指に指輪があることを確認して安堵した。それはスタルークも同じだったようで、気づけば向こうもこちらを見つめていた。ふと目があって、思わず双方の顔がほころんだ。
 再開を喜び合った二人であったが、会談の日程はあっという間に終わり、再び別れのときが訪れた。次回の会談の予定も大まかに決めたが、ざっと数月は先である。これからもなかなか会えないことには変わりがなかったが、変わらぬ愛情を注ぎ合うことを誓った。

 即位した兄王の補佐をしていたスタルークは、イルシオンに定期的に足を運んで復興支援をすることを命ぜられた。
 ディアマンド王の考えは「民が富めば国も富む」というものであり、武力で国を富ませてきたこれまでのブロディアのやり方から脱し、武力以外の方法で民衆の経済や福祉の充実を図ろうとしていた。それにイルシオンとの融和政策に向けて、戦で疲弊していたイルシオンの振興も同様に必要だと考えていた。
 そこで白羽の矢が立ったのがスタルークだ。彼は王弟という立場でありながら、至極謙虚な性格で、イルシオン人からの反発が少ないと思われた。しかしいざというときは言うべきことも言うことができるから、出先で交渉事になっても問題はなかった。
 
 スタルークはイルシオン出張の際、各地を視察してイルシオンの振興について検討していたが、それと平行してイルシオンから自国へ取り入れるべき文化についても調査していた。そのひとつが「学園」だ。イルシオンが叡智の国と呼ばれる理由の一つがこの学園の存在だった。
 スタルークはオルテンシアの在学中、一度学園の視察に来たことがあった。ところがブロディアの王弟という有名人が来るということで、学園に到着したそばから若い学生達に囲まれてしまった。突然のことに固まるスタルークをよそに、女子達はきゃあきゃあと歓声を上げ、男子達はブロディア王弟を一目見ようと入れ替わり立ち替わりやって来る。その勢いに気圧されて、ほとほと困り果てていたスタルークを手助けしたのは、ちょうど学園の奥から出てきたオルテンシアだった。
「ちょっと、みんな退きなさい! お客様が困っているでしょう?」
 オルテンシアの一声で学生達がぞろぞろと退き、スタルークの前に道ができてくる。オルテンシアも王妹という立場上有名人ではあったが、学園にとっては優秀な学生であり、また周囲を明るくさせる稀有な愛嬌の持ち主でもあった。要するに人望があったから、皆オルテンシアに素直に従った。
 ようやく前方の様子を見ることができたスタルークは、オルテンシアの姿を認めた。
「お久しぶりです、オルテンシア王妹」
「学園へようこそ。スタルーク王弟」
 オルテンシアは学園でも特に隠し事をしていなかったので、この二人の関係はおおかたの学生が知っていた。少しざわついた周囲に構わず、二人が王族らしくひとこと、ふたことと挨拶を交わしたそのとき。
「あっ! 本当に指輪、お揃いだわ!」
 スタルークの手元の輝きに気づいた女学生のひとりが歓声を上げた。それをきっかけにまた学生達がどやどやと二人を囲んで、感嘆と祝福の言葉を掛ける。オルテンシアはさすがに面映ゆく思って彼を見やると、やはり恥じらったスタルークの耳が少し赤く色づいていた。
 ——やっぱりこのひと、可愛いわ。
 そう思ってスタルークをじっと見つめてみると、その視線に気づいたスタルークが振り返って、どやされながらも、ふ、と笑みを浮かべた。

 そうしてときに騒がしかった学園生活も終わりを迎える。オルテンシアは学園を主席で卒業。王城に戻って姉王の政務を支えることになった。
 

 帰ってきたオルテンシアは、アイビーが内外での交流に口下手ながらも参加するとき、助け舟を出してその場の雰囲気を和ませることが多かった。
 また姉が政策の基本方針を打ち出す中、オルテンシアの主な仕事は元来のお洒落好きの性質を活かした装飾品工業の振興だった。これからのイルシオンにとって、またブロディアとの和平においても、装飾品工芸の隆盛は重要なことだった。
 細かい情報収集を部下に命じ、また自らも市場や職人の街を駆けずり回って情報を集め、彫金師達と顔なじみになって交流した。ときには得た情報をもとに、政策の素案を作って姉に進言することもあった。
 こうして装飾品工業の地盤を固めつつあった頃、女王アイビーはオルテンシアに、ブロディアへの定期的な出向を命じた。

 まずは自国で半月から1ヶ月程度、政務調査や政策の立案補助などにあたる。そしてその成果をブロディアに持ち込み、現地で貿易に向けた調査やすり合わせをさらに半月から1ヶ月程度行う。その後帰国し、また調査と調整を始める。しばらくこの繰り返しで働くよう命じられたのだ。
 忙しくなることは明白であったが、オルテンシアにとってはそれが自らの使命であることはわかっていたし、姉が密かに自分を慮ってそうしたのもわかっていたから、二つ返事で了承した。

 一方ディアマンド王は、イルシオンの女王と同様、有力貴族達との調整などの内政や、諸国との外交、そして政策の立案などに忙殺されていた。そしてすべての交渉事の矢面に立つ兄を陰ながら支え続けていたのはスタルークである。書類仕事をしながらも、兄より身が自由であったため、ブロディアの使者としてイルシオンを定期的に訪れる日々を送っていた。
 そうした中で婚約者であるオルテンシアとは多忙ながら時間を作って会っていたが、オルテンシアのブロディア出向業務が決まり二人の生活は変化する。オルテンシアは、これからの生活はきっと輿入れの準備として設けられたのであろう、と姉の内心を推し量った。

 今までより密に会えるようになった二人だったが、周囲の予想に反して、表立って甘い日々を送ることはなく、王族同士として施政について語り合うことも多かった。
 そうした中で二人が立ち上げたのは、ブロディアの鉱石業者と、イルシオンの装飾品職人を繋ぎ合わせる内覧会であった。初回の開催ではブロディア側がイルシオンの繊細な細工の技術に驚きの声を上げ、イルシオン側はブロディア産の鉱石の品質の高さに目を見張った。この事業は大成功を収め、ブロディアとイルシオンの貿易の本格化のきっかけとなった。
 

 そうしてディアマンドの「民が富めば国も富む」の精神を体現した二人は、婚約者としてだけではなく、両国の架け橋としても手を取り合うことになる。この頃には、周囲の結婚を反対する声も小さくなってきていた。

 オルテンシアは感じた。おそらく時はすぐ側まで来ていると。表では国と国との交渉をするその裏で、多忙ながらも私生活を共に過ごす日々は二人にとって大切なものだった。そんな中、オルテンシアはスタルークが覚悟を固めるときをじっと待っていた。そしてオルテンシアの予測の通り、スタルークはある日、ブロディア産のとびきり上等な鉱石を埋め込んだ指輪を用意してきた。

 おずおずと指輪を差し出してきたスタルークにオルテンシアは驚かなかった。その様子にスタルークはまた自信をなくしたようで声を震わせる。
「あ、あの……突然すみませんでした。僕なんかに指輪を貰っても嬉しくないですよね……! ああ、また僕は、あなたに図々しい真似を……」
「ちょっと。自信がないのはいいけど、あたしの気持ちを勝手に決めつけるのはやめて。こういう日が来るのはわかってたから驚いてないだけで、あたしは……あたしは、嬉しいわ……」
 そうして潤んだ瞳で微笑んだオルテンシアは、自ら左手を差し出した。その薬指には、戦争が終わったあの頃に贈り合った指輪がまだ光っている。スタルークはそれを知っていて、その指輪と重ねて着けても綺麗に見える意匠の結婚指輪を持ってきたのだった。
「これ、あなたからあたしに贈ってくれるのよね……?」
「はい……。そのために、用意しましたから」
 スタルークもいつしか微笑んでいて、あのときのようにオルテンシアの手を取った。オルテンシアの華奢な指に傷を付けぬよう、そうっと新しい指輪を通した。それは二人の歴史に新たな物語が重なった瞬間であった。
「ありがとう、スタルーク王弟。あたしからも、似た形の指輪を贈らせてくれる?」
 そうしてオルテンシアが贈りたい指輪の意匠を、やれ男性に合わせて少し形を変えようだの、やれ同じ鉱石を少し大きさと配置を変えて加工しようだの饒舌に語りだすと、スタルークはくつくつと肩を震わせた。
「オルテンシア王妹はやっぱりお洒落好きですね。さすが、装飾品工業をこんなに盛り上げてるだけはあります」
 そんな政治の話題の後に、個人としてのひとことを付け加える。
「僕はそんなあなたも好きですよ」

 二人の晴れやかな婚儀の日から、あっという間に数月が経った。兄と姉に、友や仲間に、温かい祝福をたくさん贈ってもらったあの日が、つい昨日のことのようにオルテンシアには感じられた。
 正式に婚姻を結んでからも、まだオルテンシアの往復の仕事は続いていた。姉がもうブロディアにずっと居て良いと言ったのを、もうしばらくはこの仕事をしたいとオルテンシアは突っぱねた。いつも一緒にいられないのは寂しいけれど、半月ごとに訪れる逢瀬に二人は満たされていた。いつかオルテンシアの中に新たな命が宿ったら、きっとブロディアに腰を据えて迎える準備をすることになるだろう。それまでは今のままの暮らしをする取り決めを二人はしていた。夫婦といえど、常に一緒にいるばかりがその形ではないと二人は知っていた。心と心が繋がっていれば、愛情は自然と溢れ出るものだから。

 そしてある青空の日。
 突き抜ける青の中、オルテンシアは旅路を急いでいた。オルテンシアにとってはもう見慣れた、堅牢なブロディアの王城が眼下に現れる。
 執務室にいたスタルークは、ペガサスが羽ばたく音に気づいてバルコニーに出てくれた。最愛の人が目の前にいることが何と幸せなことか。
「お久しぶり、スタルーク。会いたかったわ」
「オルテンシア。僕も会いたかったです……。変わりなくて、良かったです」
 ペガサスから降り立つオルテンシアを、スタルークはそのすぐ下で待ち構える。降りると同時にオルテンシアはスタルークの胸に飛び込み、スタルークはそれをしかと受け止めた。
「ありがとう。……それで、書簡でやり取りしてたあの件はどうなったかしら?」
「はは、最初の話題がそれですか。いいですよ、成果ならもうまとめていますから」
 一瞬の甘い空気が二人の間を吹き抜けたが、すぐに王族としてのスタルークとオルテンシアに切り替わる。スタルークはオルテンシアが降り立ったバルコニーの大きな硝子扉から、彼女を自らの執務室に招き入れた。
 それでも二人は、公務の外では夫婦として共に過ごすことになるだろう。たかが半月、されど半月。スタルークとオルテンシアの蜜月が、また始まった。

〈了〉

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