新婚旅行は遠けれど

 見渡す限りの海、眩しい砂浜と日差し、どこまでも広がる空。
 ソルムの海辺で、満ちては引く波打ち際を共に歩く。二人とも靴を脱いで、裾をまくって。打ち寄せる波に足先を浸せば、温くも爽やかな感触が楽しめる。潮風に乗って、カモメが空を往くのが見えた。

 ディアマンドとアイビーは、いわゆるお忍びの旅行に来ていた。とはいえ二人は既に王だ、ソルムで行われた四国協議の場を利用して集まった。そしてわずかな空きの時間に、そっと連れ立って海に出かけたのだ。ミスティラ王女の「ソルムの海はすっごく気持ちいいんだから!」という言葉を背に。

 二人にとっては初めての小旅行だった。異国の環境に触れるのも良いものだ。自分の国にはない光景に、ディアマンドとアイビーは感嘆した。
「本当に素晴らしいわね」
「ああ、エレオスにこんな場所があるとはな」
 二人きりの砂浜で、ぺたぺたと足跡をつけながら歩を進める。そしてその足跡は、寄せては返す波で消されていく。愛しい人と、こうした開放的な場所で共に過ごすことができる。この時が永遠に続けばいいのになんて、詮無いことまで考えた。

 まるで、新婚旅行みたいだわ。
 アイビーは、その言葉を飲み込んだ。

 二人はそれぞれの祖国の王だから、単純に結婚して幸せになる、なんてことは難しい。各々の自国で国を統治しなければならないからだ。だから嫁入りも婿入りも、今は許されない。

 だけれど、せめて今だけは、甘いひとときに浸りたい。きっとディアマンドも同じ気持ちだったろう。そう信じて。

「いつかまた、ここに来よう。……私達の想い出の場所として」
 ディアマンドの言葉にアイビーは頷いた。いつか、がいつになるかは分からない。けれど今度は、できることなら夫婦として来たい。当分叶う訳のないそんな夢を見ながら、アイビーはちゃぷちゃぷと、波間で足を踊らせた。

〈了〉

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