三者面談

 ずっと片想いしていたアネットと気持ちを通じることができたちょうど一週間後、アッシュはアネットの父、ギルベルトに突然呼び出された。
 アッシュはギルベルトに、騎士の先達として武術の教えを乞うており、ギルベルトも彼の実力を買っていた。だから最初は訓練に関することだと思ったのだが、同時にアネットも呼び出されていると知り、アッシュはギルベルトの真意を察した。
 ――――ギルベルトは、娘の交際相手を見定めようとしている。

 確かに、アネットはギルベルトが三十代後半の頃の遅い子ども、それも娘であるから、目に入れても痛くないほど可愛いのは想像がつく。もちろんアッシュも、頃合いを見てギルベルトに交際の報告と挨拶をするつもりであった。なのに、いくら何でも交際一週間目に挨拶を求めるとはあまりにも早すぎないか!? ……アッシュはそう思うも、面と向かって呼び出されてしまえば逃げ場はない。
 ギルベルトは騎士を志す後輩としてアッシュに目を掛けてくれているが、こと愛娘の恋人、となると話は別だろう。だからアッシュは、戦々恐々としながら、呼び出されたギルベルトの部屋に向かったのだ。

 部屋の扉をこつこつと叩くと、ギルベルトに迎え入れられた。これまで彼と接していたときには経験がなかったような、緊張と汗の吹き出す感覚をアッシュは味わう。

 招かれた部屋にアネットは居なかった。どうやら時間をずらして各人の主張を聞いてから、二人と面談するつもりらしい。
 アネットとは先に話を済ませているようだ。ということは、もしアッシュがアネットの話と食い違うような説明をすれば、ギルベルトに徹底的に突っ込まれるに違いない。ギルベルトと向かい合って座ったアッシュは、ぴりっとした緊張感に、背筋を伸ばした。

「まず問おう。今日呼ばれたことに、心当たりはあるか?」
「はい……。私が、アネットと交際を始めたことについてでしょうか」
「左様だ。お前なら心配ないと信じているが……どういうつもりで、娘と交際しているのか聞きたい」

 もし呼ばれた理由を間違えていれば、自分から藪に突っ込む形になるので、ひとまず自分の推察が合っていたことに安堵した。いや、安堵している場合ではない。古来から、「娘さんを僕にください」と親御さんに挨拶するのは、男の人生における最大級の試練のひとつだと相場は決まっている。その試練のときを、思いの外早く迎えてしまったアッシュは冷や汗をかいた。

「勿論、結婚を前提としたお付き合いをアネットには申し込んでいます。今は戦争中ですが、落ち着き次第、結婚したいと考えています」
 アッシュはアネットのことを真剣に考え、将来を見据えて交際を始めた。やましいことなどひとつもない。だから、事実を淡々と述べれば分かってもらえるはずだ、冷静になれ。アッシュはそう、自分に呼びかけ続ける。
「付き合い始めてから、どのくらい経つのか」
「ちょうど一週間です」
「その……あまり聞きたいことではないが、夜を共にしたことは」
「いえ、一週間ですし、まだ」
 そう言ってから、これは失言だったかもしれない、とアッシュは焦る。「まだ」ということは、これから手を出そうとしていると思われてしまうのではないか。いや、そのような気持ちが全くないと言えば嘘になるのだが……。
 案の定ギルベルトは、少しの間沈黙した。まな板の上のアミッドゴビーのような心持ちで次の言葉を待つ。

「……では次に問うが、お前はなぜ、アネットを選んだのか」
 とりあえず心配した点については追求されずに済んだが、想定していなかった質問をされた。しかしこれも誠意を持って説明すれば問題ないだろう。アッシュは心を落ち着けようと、一度深呼吸してから口を開いた。
「はい。アネットは聡明で、頑張り屋で、いつも前向きな素晴らしい女性です。これからも共に生きていきたいと、そう思いました」
「……では、例えばアネットが病気をして、頑張ったり前向きでいたりすることが難しくなったらどうか」
「そのときは私が支えます。彼女には健やかでいてほしいですから……。でももし治ることがなくても、最期のときまで、アネットと一緒に居たいです」
「ふむ……」
 ギルベルトは腕組みをし、考え込んだ。

 しばしの沈黙の後、ギルベルトはついに口を開いた。
「……アッシュ。お前の気持ちはよく分かった。……だが、お前達の仲を認める訳にはいかぬ」
「えっ!? どうしてですか!?」
「ならぬものは、ならぬ」
 アッシュは頭が真っ白になった。ギルベルトなら、誠心誠意想いを伝えれば、認めてくれるものと信じていた。何かまずいことでも言っただろうか? 思考が混沌とする。

「……話は以上だ。戻りな――」
「待ってください!!」
 アッシュは自分でも驚くくらいの大声でそう言って立ち上がった。
「お願いです、待ってください。僕……、私は、アネットを愛しています。彼女は本当に素敵な人で……可愛くて仕方ありません。僕はもう、アネットと離れるなんて考えられなくて……」
 考えるより先に、言葉が出てきた。アッシュは普段、ギルベルトに対しては敬意を表し、自分を「私」と呼んでいるが、ところどころそれができていない。
「以前、ギルベルトさんが言ってましたよね。騎士として守りたいものは何かって……。僕、私はロナート様の遺志を守りたいと言いました。でも今は、それと同じくらい、アネットが僕の守りたい人です。お願いです、私に、騎士として、家族として、アネットを守らせてください。お願いします!!」
 必死だった。体裁など気にしている場合ではない。何としてもアネットとのことを認めてもらいたい。アネットが好きだ――――もはやアネット本人に告白したときより熱烈かもしれない言葉を、父親であるギルベルトにぶつけた。

「…………アネット。入りなさい」
 ギルベルトが扉の外に呼びかけると、いつの間にか外で待機していたアネットが入ってきた。心底呆れているといった様子だ。
「もー、父さんったら……あたし、もう子どもじゃないんだよ? ほんっと、過保護なんだから」
 突然のアネット登場に呆然としていたアッシュに、ギルベルトが語りかける。
「アッシュ。元より私は、お前達のことを反対するつもりなどなかった」
「えっ?」
「試すような真似をしてすまない。だが、私に一度断られたくらいで諦めるようでは、この先の苦難になど立ち向かえぬと思ってな……」
「あぁ……! そういうことだったんですね。はぁ、ギルベルトさんも人が悪い……あっすみません、出過ぎたことを……」
 一気に全身の力が抜けたアッシュはへたり込みそうだったが、なんとか立ったままこらえた。
「いや、いいのだ。……アッシュ、アネット。今まで話したことに相違はないな?」
「はい!」
「うん!」
 アッシュとアネットの声が重なる。
「わかった。……アッシュ、娘をよろしく頼む」
「はい! 頑張ります!!」
 ――――こうして、嵐の三者面談は幕を閉じた。

 その後、ギルベルトの部屋を離れた二人が、連れ立って寮に戻るとき、アネットがアッシュに話しかけた。
「アッシュ、さっきの、かっこよかったよ!」
「えっ? さっきのって何ですか?」
「ほら、あたしを愛してるとか、守らせてくださいとか言ってたの」
 まさかあれをアネット本人に聞かれていると思っていなかったアッシュの顔が、一瞬で熱を持った。
「えぇっ!? あれ、聞いてたんですか!?」
「うん。だって、アッシュ達が何話してるか気になるでしょ? だから扉に耳をつけて聞いてたよ」
「あぁ……なんだか恥ずかしいです……まあ本当のことですけど…………」
「自信持ってアッシュ! あたしは、嬉しかったから」
 アネットが、アッシュの背中をぽんぽんと叩いた。

「ところでアネットは、ギルベルトさんに何を聞かれたんですか?」
「うーん、だいたいアッシュと同じような感じじゃないかな? あっ、そうそう、あたしも一回、父さんに反対されたよ」
「えっ、そうだったんですね。 ……ちなみに、そのときアネットは、何て言ったんですか?」
「えへへ。それはね……」

 その先は、アッシュとアネット、そして彼女の父親の秘密。

〈了〉

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