ブロディアの王子ディアマンドと、イルシオンの王女アイビーは、神竜軍で共に戦うこととなった。
ブロディアの先代王モリオンは幾度もイルシオンを侵略しようとしてきた歴史がある。イルシオンはそれを退けてはいたが、特にアイビー王女にとっては、ブロディアの王族に複雑な感情を持っている面はあった。
しかしお化けが怖い夜に「勇敢」の石をもらったとき、王族同士としてではなく初めて個人として関われた気がした。その後の二人は、隣国の王族同士としても、また友としても語らうことが増え、親交は深まっていった。
アイビーの祖国イルシオンはブロディアに侵略戦争を仕掛けられていたが、そのわだかまりは次第に消えていった。ブロディアの次期王ディアマンドが、自分の代ではやり方を変えると言ってくれて、アイビーも今後のイルシオンとブロディアの関係をより良いものにしようと心に決めていた。
しかし友として語らいを重ねるうちに、好きなこと嫌いなことが一致していたり、互いに王族らしくない少々抜けたところを見せてしまったりして、二人の心の距離は急速に近づいてきた。そう、立場からすれば近づきすぎたくらいに。
「アイビー王女。話がある」
そう唐突に呼び出されたのがソラネルの夜。待ち合わせ場所である裏庭に向かうとき、アイビーの心は確かに弾んでいた。今回の話の内容は不明だが、おおかた政治の話だろう。それでもアイビーは、ディアマンドに一目会えるのが嬉しかったのだ。その感情にはまだ「恋」という名前まではついていない、曖昧でふわふわとしたものだった。
「アイビー王女。来てくれたか」
「ええ。話って何かしら……?」
ディアマンドの表情が硬い。やはりおそらく政治の話なのだろう。先日両国間の交易について話したばかりだったから、もし不利な条件を吹っかけられたら困る、とアイビーは警戒した。
ところが、話題は想像とは違う展開を見せた。
「アイビー王女。これを、私が身につけられるように加工できないだろうか」
手にはあの「勇敢」の石。ブロディアでは比較的よく採れる方の鉱石らしい。アイビーははっとした。
「……そうね。私、あなたが持っていたあの石を、奪い取ってしまったようなものだわ……」
ディアマンドはあの時、自分のお守りをわざわざアイビーに贈ってくれたのだった。
「そこは気遣わなくていい。頼まれてくれるか」
「もちろん、喜んで」
そこでディアマンドは「勇敢」の鉱石をアイビーに渡すものかと思ったが、彼は黙り込んで石をじっと見つめるだけだった。不審に思ったアイビーはディアマンドに声をかける。
「ディアマンド王子、どうしたの? 石を渡してちょうだい」
「そうだな……その前に、言わなければならないことがある」
ディアマンドは手のひらの鉱石を握りしめ、ひと呼吸ついて、次の言葉を紡ぎだす。
「アイビー王女。私達は友でもあるが隣国の次期王同士だ。だから立場上できないことも多くある。……例えば、私と君で結婚するというのは王である間は難しい」
「……っ!?」
ディアマンドの突然の発言にアイビーは衝撃を受けた。正直に言えば、アイビーの中には、彼とより絆を深められたら……という気持ちはあった。そこで急に「結婚」などという言葉が飛び出したのでうろたえたのだ。
「変な話をしてすまない。だが本音を言えば、今のような関係が辛くなってきた」
「そうなの……じゃあ、これまでより話す回数を減らして……」
「……いや、逆なんだ。私は君とより親交を深めたい」
アイビーにとってはまたとない申し出であった。しかし一歩踏み出すことへの恐れもあった。これ以上彼に近付いたら、きっと戻れないほどにはまり込んでしまう。それが分かっていたから、アイビーの頭の中では警鐘がひっきりなしに鳴っていたのだ。
「でも、それは……許されないことかもしれないわ」
「それは私も分かっている。だが……私はやはり、未熟者だ。王としての責務とは別に、ここまで君に惹かれてしまっている」
ディアマンドのそれこそ宝石のような瞳が揺れている。それを認めたアイビーもまた惑う。本心では心から彼を求めていたが、いざ彼から距離を詰められると鼓動が速まって仕方ない。しかし「勇敢」の鉱石を手にしたディアマンドは引こうとしなかった。
「アイビー王女、愛している。私と、共に生きてほしい」
決定的な台詞が出た。ディアマンドの瞳はもう揺らいでいない。その彼の誠意に、きちんと応えなくては、とアイビーは思い、問う。
「……貴方は、本当に私でいいの? 国に戻ればいくらでもお妃候補は居るのではないかしら」
「つれないことを言ってくれるな。私はアイビー王女と、共に歩んで行きたい」
憎からず思う異性にそこまで言われて、断れる気などもはやしなかった。アイビーはもうそこまで、彼に入れ込んでしまっていたから。
「それこそ君も国には婿候補が沢山居るだろう。そんな中、縛り付けるような真似は本当はしたくないのだが……。私達には私達のやり方があるはずだ。君を幸せにできる方法を、探っていきたい」
「ディアマンド王子……」
アイビーはしばらく何も言えなかった。ディアマンドは待ったが、少ししてから促すように言う。
「……それで、答えを聞かせてもらえるだろうか。返事は後日で構わない。アイビー王女にとって迷惑な話であれば、遠慮なく断ってくれ」
アイビー王女の答えは決まっていた。しかし喉元からその言葉は出てこない。彼に近づくのは怖いけど、彼を渇望する気持ちも抑えようがなかった。それで彼女は、自らが付けていた「勇敢」の首飾りをぎゅっと握りしめたのだ。
「……いえ。その話、お受けするわ。……私も、貴方が好き」
とうとう口にすることができたその答えを聞いて、ディアマンドは少し緊張が解けたようにふ、と息を吐き、微笑んだ。なんて優しい表情だろう。それを見たアイビーの表情も、彼と同じく柔らかい微笑みになっていた。
〈了〉